梅宮辰夫さんが亡くなられましたね。
寂しいです。
心から、お悔やみ申し上げます。
なかなか味わい深い方でした(あたしには)。
心から、お疲れ様と。
申し上げます。ありがとうございました。
近しい人を送るような気持ちが、
少し、あったりします、と。
正直に打ち明けておきます。
ありがとう、シェリルです。
こんばんはです。
ちょっと暗い空の色の伊勢市でした。
夕焼けどき、まだそんな感じです。
今日はいかがですか?
楽しい気持ちありますか?
どんな12月12日という、
派手な日にちを、見送ってらっしゃいますか。
そういう風にも、書いておきます。
うん、今日は、訃報を見る前に、
よく、父のことを思い出していました。
大好きな父です。ふと、そんな、
遠い昔の思い出話を、思い返しながら、
うちのお父さんのことを、思っていました。
無関係では、なかったのかもしれません。
人工透析、大変だったでしょうね。
安らかに、送って差し上げたいものです。
そうですね、義足の父を、思いながら、
ふと、ああでもない、こうでもない、とか。
熱田神宮のこととか、思い。
懐かしい縁に思いを寄せた、
そんな午後に、ふと気づきました。
ありがとうございました。
どうですかね、人の生きる標、というのは、
フェイクニュースの最中からは、
伝わりにくい、ものですね。
あれから15年経ちましたが、
いつも、名古屋で、考えごとに夢中になり、
ある日、気づかせてくれた、要因を、
ふと、思い起こしながら、うーむ、
真実とは何かなあ。そういえば、
真実ということは、死と似ているなあとか。
思ったりしましたね。
なんか単純だなあ、あたしの今日の感じ。
それが、簡潔で、嬉しいのも事実。
81歳まで、渡ってこられて、
これからも、ずっと、その存在が、
あり続けることが、まあ、
山城新伍さんが亡くなられた際にも、
思いましたが。美空ひばりさんの、
際にも、思いましたが。
忘れない、ということ。
思い出す機会を、設けるということ。
例えば、番組を、組むということですね。
それを、していきたい、素晴らしい、
文化人の方々の、記憶を、保ちたい。
そういうことを、感じながら、
お悔やみと、させていただきます。
もう一度、ありがとうございました。