プレゼント

チルチルミチルの青い鳥、それは本当の奇跡の証。

ありがとう。

 日本中の人たちが、どう、今思ってらっしゃるか、わからないところもありますが、できるだけ、書いてみます。

 まず、おつかれさまでした、と書きます。本当に、長い間、走り続けたみなさまに、ありがとう、と、まず書いてみます。

 私は、本当の人間の真価が、わかるのは事後のこともある、というのを最近知りました。無くしてみて初めてわかる、というのもありえるのだと。

 それがね、私にとって、SMAPさんの今回の件が、というのが、という意味では本当にありません。

 もうちょっと前には気づいてました(笑)。5年ぐらい前に気づいたのでした。

 人間は本質的に、憧憬を求める生きものなのだそうです。それは、誰かが、誰かの人生に、影をさす、という意味です。

 私が言いたいのは、憧れるのはいいことですが、抑圧しない、という意味です。

 私は、商業音楽が割と嫌いです。理由は、中身がなく平坦だからです。そうして、単純に能天気に歌われるからです。

 それは人間に錯覚を起こさせる魔だからです。

 で、それが、必要な理由も、まったく思いつかないからです。

 それはかつ聞き手の問題であって、一般的に送り手の理由でないからです。

 で、そんな曲でいいんでないの? としてくる輩に抑圧される、抑制されることに、憤りを感じます。

 駿逸な美男を集め、決定的な概念ですら、あるように、支配してくるシンドロームは悲しいもの&深い的です。射抜いてやりたいこんな悲しみ。と、私は書きます。

 素晴らしい楽曲とは、音楽家とはなにか、ということは、私は誰よりもすごくよく知っています。それは、音楽を作ることで、日銭を稼ぐミュージシャンさんたちは、事のついでに、いいことを書こう、と思い行動してくれる、優しいひとたちばかりだからです。

 けれど、それと、彼らが異なることはないからです。ただ、置かれた座標軸は違いすぎます。

 それがみんなで、彼らにしてしまった、まるで原罪なのです。彼らは、普通の、人間で、今日拝見して気づきましたが、まともすぎるぐらいまともなひとばかりです。5年前に私が気づいたことというのは、なんてまともな日々の来ない、なんてまともな曲の来ない、大変侘しい話なのかという、痛ましいことでした。

 人間の受けていい範囲のなにがしでないと思いました。でも、肯定の概念ですらあるかのように、辛そうに、ついでなので、かつ人の役に立つような活動にしよう、というのはあたたかく、エラいです。

 ああ、同じ生きものだなあ、と思い、何の結果の座礁なのかと上から下まで考え、特に誰も仕損じてないその、もう連帯責任でしかないきしみに激しく憤りを感じました。

 仮想敵を人間は作りたいなと、思うはずです。行き違え、錯覚、怖いです。

 彼らの願いはひとつ、本当の自分でいられる生活です。まともな旋律線の人生を生きていきたいのです。

 行き違いと錯覚の山登りの道行きのような日本です。もう少し勘違いをしない努力をみんなでしましょう。私も、がんばります。

 もう、自分らしく生きられるようになっていくといいですね。私は、アンチテーゼが好きですが、誰になんと言われようと、こう書きます。SMAPのみんな、虚飾の向こうがわで、幸せになりましょう。心あるひとたちよ、みんなで方舟に乗りましょう。東京の資本主義が、ひとつ終わりました。ありがとうございました。いつまでも、元気にがんばりましょう。おつかれさまでした。