プレゼント

チルチルミチルの青い鳥、それは本当の奇跡の証。

昨日の手紙ね。

相葉くんの…❤︎

相葉雅紀、15年ぶりにメンバーへ手紙「休止と書いて“パワーアップ”と読む」【全文掲載】 | ORICON NEWS

そうだね、いい絆ですよね。

いつもそう思いながら、

いろいろな機会を、味合わせて、

いただいています。

 

毎日、これからは涼しくなりますし、

また新しい時代が、季節とともに、

本格化していくものと、思います。

また10月には、即位の儀式が、

ありますから、あたしも緊張しています。

 

ちょっとずつちょっとずつね、

毎日を煮詰めていきたい。

そんな感じの、難しいのは、

難しい、令和元年です。

 

何事も、出始めは難しい。

 

この生きる、日本で。

この先の、未来へ。

生きやすいように、

矛盾が少なくなり、

いつか、その矛盾も、なくなるように。

さらには、安心して暮らせる、

そんな国が、増えるように、と。

 

今の日本から、この先の日本へ。

きっと、いい時代に、

永和な平穏へ、繋がっていくだろう、と、

あたしは、思います、

だから、みんなで、できるように、

頑張って、いこうな、と、思っています。

 

乗り越えられない、壁はないはずです。

 

今日は、夏から秋への、

そういう季節にぴったりの、

アンニュイな感じの光に見えます。

これからが、本番。

ここからが、スタート。

そう書いていきます。

 

今日は、ミスチルの、ベーシスト、

中川敬輔さんの、バースデーです。

お元気な、中川さんが、嬉しいです。

いつも、ありがとうございます。

ちょっと、真面目に、書いておきます。

ナカケーは、あたしのヒーローだ!

 

いつも、ありがとうございます。

嬉しいのです、あなたがいることが。

もちろん、メンバーさん4人とも、

等しく好きです。さらに、

愛しています。ありがとう。

 

今、成人の女として、

嬉しそうに、あなたたちへ、

ありがとう、と何回でも、

書いていきます。

いつまでも、よろしくです。

 

嵐のファンのみんなも、

パワーアップした、5人で、

また始められることを、

祈ってらっしゃる、と、思います。

あたしも、祈っています。

 

最愛のパートナー。

それが、どれほど、

みんなの胸を弾ませるのか、

あたし、シェリルにも、

わかりますよ。もちろん、

わかります。だからこそ、応援しています。

 

ミスチルも本当に、

宿命的な絆で、結ばれた、

パートナーですね。

あたしも、いつも、いつでも、

そう思っていますよ。

 

25年前から、そうですよ(笑)。

 

あの頃、最初さ、

ギター、とか、ベース、って言葉を、

覚えて、どのパートが、

どういう音なんだ、とか、

勉強して、で、

 

音楽ライターになりたいんだ、って、

書いて、学んで、そこから、

あたしになって、今があります。

 

まだ、25歳ぐらいのときの、

ナカケーだったね。

若いときと、あまり変わらない、けれども。

こんな楽しいことが、あるんだ、と、

音楽雑誌を読んで学んで、

ますます、やりたくなって(音楽のことが)。

で、今まで、それはそれはそれは、

いろいろなことがありましたね。

 

でも、4人はセットで、いつもそれが、

ハイパー嬉しいよね。

あたしも、そう思いますよ。

 

いつも、大好きな4人のこと、

いつも、亡き母に、くどいくらい、

好きだわ、好きなの、と、

晩御飯のお勝手の途中で、

よく語っていたけれど。

嫌なんちゃうかな、この話って、と、

思いながら、話していたけれど。

 

母さんは嬉しいだけだったんだろうな、と、

最近、逆さで、気づきました。

ええ、知らなかったな。そんなこと。

 

なんか、亡き人を思いました。

 

あたしの、憧れは、

あなたがたを、守ってきた、

プロデューサー、小林武史です。

大きな、長身の、あなたが、

あたしの、一番の、理想です。

ありがとう、武史さん。

いつも、あたしたちを、

守ってきてくれて、ありがとう。

 

あの日、あの時、あの場面で、

あたしは、つい声を出してしまいましたね。

桜井さんに、しかめ面されて。

武史さんが、そこに立っていて。

あんまり、男前なものですから、

びっくりしました。ありがとうと。

 

あの日、東京ドームで、

あたしは、なんか選ばれたような、

そんな気持ちになりました。

あれから、あたしは、あたしになりました。

ひまわりの花が、たくさん溢れた、

美しい、東京で。

もう、22年前の話ですね。

懐かしいなあ。嵐だけでなく、

ミスチルも、活動を休止していた、

時期があったんですよ。

 

春の東京。桜が咲く頃。

美しい。味わいに満ちた、街。

初めての、ひとり旅だったね。

 

振り返ると、いつも、

母や、父の愛に包まれて、

掌の上で、踊っているような(笑)。

そんな自分だったなあ、と。

 

なんかそこが悔しいけれど。

 

あれから、何年も経ち、

あたしは、あたしらしい、

大人になりました。

 

いつも、母が大好きだった。

そんなあの人へ、いつも、

ありがとう、と。

口が固いのがいいところだ、と。

 

もう、そんなことは、気にしなくていいよ、と。

いつも、いつも、本当に、

ありがとう、と。

 

手を合わせて、理想になった、

自分を、鼓舞して、生きていきます。

 

今日は、ナカケーの誕生日。

秋の始めの頃。

夏休みの、終わりの頃。

 

学生さんには、長い休暇があります。

大人にはありません(爆笑)。

そんなこと、あなた、桜井和寿は、

とっても、大事に、思い、生きて、

歩いて、走って、虹を捉えて。

まったく、素晴らしいことだなあ、と。

 

心から、敬意を。そして、優しさで、

いつまでも、伴奏していく、

これからの日々を、思っています。

 

母が去り、5年半になろうとしています。

母は、父が、好きでした。

父は、母の、あの人との、

とても、悲しい恋愛を、

どう、知っていたのだろう、と。

ときどき、考えます。

 

小柄な母は、とびっきりの、

素晴らしい、ヒロインでした。